日本のなかの朝鮮
このところマス・メディアを通じて頻繁に流れてくる朝鮮半島に関する話題や情報を見聞きしながら、どこか割り切れない思いがする。新聞は毎週のように関連記事を取りあげ、雑誌は特集を組み、テレビにはチマチョゴリが舞い、ラジオからは韓国の歌が流れてくる。このような事態をだれが想像し得たのだろうか。本田靖春氏の「私の中の朝鮮人」の中に次のようなくだりがある。「日本と朝鮮の関係に明けるなによりの不幸は、普段の日本人はほとんどといってよいほど朝鮮の存在を意識しないでいることであり、朝鮮人は片時も日本の存在を意識せずにはいられないということである」。日本人の意識のなかで、朝鮮は見えない存在であり、煩わしい存在であった。(「族譜」まえがきより)
朝鮮文化の足跡

対馬晴れた日には朝鮮半島が見えるという対馬は、古来、アジア大陸・朝鮮半島と日本を結ぶ重要な航路として、また文化の導入口として大きな役割を果たしてきた。島の...
続きを読む渡来人の末裔たち

高麗神社宮司 59代・高麗澄雄氏高句麗国の滅亡(668年)に伴い、数多くの遣臣たちが日本に渡来したといわれている。これ...
続きを読む私のなかの朝鮮

朝鮮には族譜(チョッポ)という物がある。族譜とは、一族の家系に関する記録であり、そこには父系血縁主義に基づき、先祖のの起源からはじまりひとりひとりの出生年や没年、また官職や経歴が...
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